ハイボルテージ
ポルシェの次世代を担うタイカンの先進的な駆動システム。今回はツッフェンハウゼンで組み立てられる電気モーターの仕組みに迫る。
実際にシートに身体を委ねてみてほしい。タイカ ン・ターボ S のアクセルペダルを一度でも踏み込んだ経験がおありなら、理由はすでにお分かりだろう。EV スポーツカーのトップモデルが 12000Nm ものトルクを一気にホイールに伝達した瞬間、乗員の背中はシートに容赦なく押し付けられる(ポルシェ タイカン ターボ S:電力消費量 複合:25.6 〜 24.3kWh/100km、CO2 排出量 複合:0g/km(2021年3月現在))。凝縮されたパワーが瞬時に解き放たれ、前後アクスルにマウントされた電動モーターから途切れることなく繰り出される推進力は尋常ではない。ポルシェ独自の駆動技術を直に体感した者の身体からは、否応なくアドレナリンが噴き出してくるはずだ。ドイツの自動車マネー ジメントセンター(CAM:Center of Automotive Management)がタイカンを “2020 年の世界で最も革新的なモビリティ” に選出したのは決して偶然ではない。ポルシェにおいて、“イノベーション” とは極限の水準にまでエンジニアリングを高めることを 意味する。今回は、これまで誰も成し遂げたことのない方法で電気駆動の可能性を示したことが高く評価されたのであろう。
実はポルシェの完全電動コンセプトが誕生したのは最近のことではない。遡ること実に 120 年以上前、若かりしフェルディナンド・ポルシェは、ハブモーターを搭載した世界初となる電気自動車の開発に成功している。電気自動車の潜在性に目を付けたポルシェ は、4 基の電動ホイールハブモーターを搭載したレーシングカーを世に送り出したのだ。
当時のシンプルな直流(DC)モーターは、より洗練されたモーターに取って代わられたが、磁性を利用した基本的な物理原理は昔も今も変わっていない。磁石は常に N 極と S 極で構成され、違う極同士は互いに引き合い、同じ極同士は互いに反発する。基本粒子の作用を利用した永久磁石がある一方、電荷が移動するたびに磁場が発生する電磁石では、電磁気を増幅するために電気モーター内部に電導体がコイル状に 巻かれている。仕様にもよるが、電磁石や永久磁石を使った電動機は主に静止部であるステータ(固定子)と、回転部であるロータ(回転子)という 2 つのコンポーネントから構成されている。電圧の定期的なオン/オフの切り替えにより、引力と反発力が発生し、ローターの回転運動が生まれる仕組みである。
ヘアピン技術によって、より多くの銅を 固定子に収めることが可能となった
安定性の優れたウォータージャケットに 覆われた固定子。その温度は継続的に 監視・制御されている。
銅線を密につなぎ合わせて 形成されたコイルでは、電流が流 れるとすぐさま磁場が発生する。
ヘアピンのように曲げられた個々のワイヤーは、両端が一列にレーザー溶接されることによってコイルを形成し、絶縁処理されている。
もっとも、すべてのタイプの電動機が車輌駆動に適しているわけではない。ポルシェが選択したのは、永久磁石シンクロナスモーター(PSM)と呼ばれる電気モーターで、今日主流となっている非同期機モーター (ASM)と比較するとオーバーヒートしにくいため、出力を継続的に維持でき、パフォーマンスを無理に抑制する必要もない。ポルシェの永久磁石シンクロナスモーターはパワーエレクトロニクスを介して三相交流電圧で供給/制御され、その回転数はゼロ点を中心にプラスからマイナスへと振動する交流電圧の周波数によって決まる。タイカンのパワーユニットでは、パルス・インバーターが固定子の回転磁界の周波数を設定することでローターの回転数を制御している。ローターにはネオジム、鉄、ボロンの合金を使用した高品質の材質が採用されており、製造工程では強力な方向性磁界を利用した継続的な磁化が行われる。永久磁石シンクロナスモーターはまた、ブレーキング時に発生する熱エネルギーを高レベルの電気エネルギーとして回収し、ジェネレーターモードに切り替わると、磁石が固定子の巻線に電圧と電流を誘導する仕組みになっている。ポルシェが開発した電気モーターのエネルギー回生能力は、世界最高峰と言っても過言ではない。
連続出力特性に優れた永久磁石シンクロナスモーター
電気モーター上部に装着されたパワーエレクトロニクス。モーターとセンサーのネットワーク化は短時間で効率よく行われ、かつ軽量化を実現している。フロントに搭載された 1 速トランスミッションの プラネタリーギアの回転比率は 1:8 の割合で 設定されているため、フロント・ホイールに伝達される 最大トルクは 3000Nm にも達する。永久磁石シンクロナスモーターのステータには能動型電磁石、そしてローターには受動型永久磁石が装備されている。この原理はスポーツカーの駆動システムに最適な組み合わせとなっている。
“エンジニアリングを極限まで高める” というポルシェ の理念は、タイカンに搭載された電気モーターの特徴である—いわゆる “ヘアピン巻線” にも反映されている。この巻線では、固定子のソレノイドコイルが丸線ではなく長方形のワイヤーで構成されており、銅線を無秩序に巻き付けていく古典的な巻線工程とは対照的に、ヘアピン巻線はいわゆる成形ベースの組立プロセスの中で製造される。つまりそれは長方形の銅線を個々のセクションに分割し、ヘアピンに似た U 字型に曲げることを意味し、U 字クリップはそれぞれ長方形断面の表面が互いに重なるように、巻線が取り付けられている固定子の積層体に挿入されていく。これがヘアピン技術によりワイヤーをより高密度に密着させることが可能となり、より多くの銅をステータに取り込むことができるというわけだ。従来の巻線方法では銅の充填率が約 50%であるのに対し、ポルシェが採用している技術では約 70%の充填率を実現している。これにより設置空間が同じであっても、出力とトルクが向上するのだ。U 字クリップの両端はレーザーで溶接され、コイルが形成される。さらにもうひとつの重要な利点は、隣接する銅線の重なり具合が均一であるため、熱伝導率が高まり、ヘアピンステータをより効率的に冷却できることだ。電気モーターは電力の 90%以上を推進力に変換できるが、内燃エンジンと同様、エネルギーの損失によって熱が発生する課題を抱えている。そのため、タイカンではパワーユニットが過熱状態にならないよう、専用のウォー タージャケットが採用されている。
永久磁石シンクロナスモーターを正確に制御するためには、パワーエレクトロニクスがローターの正確な角度位置を認識できなければならない。これを可能にしているのが、導電性金属製ローターディスク、エキサイターコイル、そして 2 つのレシーバーコイルで構成されるリゾルバである。励磁コイルは磁場を発生させ、その磁場はエンコーダーを介してレシーバーコイルへと伝達される仕組みだ。レシーバーコイルに電圧が誘導され、その位相位置はローター位置に比例してシフトしていく。この情報を基に、制御システムはローターの正確な角度位置を計算することができる。ポルシェのノウハウが余すところなく応用されているこのシステムは “パルス制御イン バーター” と呼ばれ、バッテリーの直流 800 ボルトを交流に変換し、2 つの電気モーターに供給する役割を担っている。ポルシェが自動車メーカーとして初めて導入した 800 ボルトというシステム電圧は、元来、919 ハイブリッド用に考案された技術で、ケーブルのスリム化による重量と設置スペースの抑制および充電時間の短縮に寄与している。
タイカンのネットワーク
高性能バッテリーからフロント・モーターへと伸びるワイヤーハーネス。
2 速トランスミッションを装備したリア・モーター。
フロント・モーターと補助ユニット。
電気モーターは毎分最大 16000 回転するが、ポル シェはこの回転域を最大限に活用し、ドライビング・ダイナミクスと効率性、そしてトップスピードのベスト・バランスを実現するべく、タイカンのフロントとリアのドライブユニットにそれぞれ個別のトランスミッションを組み合わせている。タイカンはリア・アクスルに 2 速トランスミッションを装備した史上初の電動スポーツカーであり、発進時に鋭い加速をもたらす 1 速は、フロント・アクスルのプラネタリーギアを介してフロント・ホイールにも漏れなく出力を伝達する。
前後のトランスミッションを巧みに駆使しながら、絶大なパワーを発揮するタイカン・ターボ S。そのフロント・アクスルでは、最大トルク 440Nm の電気モーターがギア比換算でおよそ 3000Nm もの推進力をフロント・ホイールに送り込み、リア・アクスルでは最大トルク 610Nm を誇るユニットが1速走行時には約 9000Nm ものトルクをリアに伝達する。
ロングレシオの 2 速は、高速走行時における高い効率性と高いエネルギー持続性を両立する立役者だ。
細部に至るまで最先端のエンジニアリングを追求するポルシェの伝統は、EV 時代においても不変なのである。
燃料消費量
ポルシェ タイカン ターボ S
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23.4 – 22.0 kWh/100 km
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0 g/km
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A Class