最強のふたり

この 20 年間、カリフォルニアを拠点に活動を行う R Gruppe はポルシェに情熱を注いできた。天気が悪かろうが、周囲が何を言おうが、彼らにとってどうでもいいことだ。

  

こちらからご視聴頂けます(英語のみ)
  • Merry Band of Misfits

プロローグ

「私たちのことを理解っていませんね。今日の天気とまるっきり同じですよ。基本、カリフォルニア市民の私たちは “晴れ” しか知りませんから。どこかの誰かが『サンフランシスコのベイエリアはロンドンよりも降水量が多い』と主張していましたが、シスコとは一緒にしないで頂きたい。カリフォルニアで降る雨はたいていスコールのような土砂降りで、短時間で止みます。そもそもカリフォルニアでは、カブリオレのルーフは開けっ放しで大丈夫なのですから。天気予報なんて気にしたことはありません。一年を通じて乾燥している季節が長く、雨が降るのは決まって冬です。急に天気が崩れて土砂降りになるので、ゴールデンステートの住人ならすぐにクルマを安全な場所に避難させます。大雨の中、クルマを走らせる人は頭のおかしな奴か、私たち R Gruppe のメンバーくらいでしょう」。

第一幕:
永遠の会員番号 1 番

その男に R Gruppe の会員番号 1 番が与えられていることは、本人も知らないし、今後も永遠に知ることはないだろう。その男とは、憂いを帯びた眼差しと優雅な振る舞いを兼ね備えた国民的スターであると同時にレーシング・ドライバーとしても活躍したスティーブ・マックイーンその人。“キング・オブ・クール” と称えられ、逞しい男性の象徴だった彼に会員番号 1 番が与えられたのは、死後、かなりの年月が経ってからだったから……。

「R Gruppe の会員になるには、原則として、アウトサイダーでなければいけません」と語るのは、会員番号 2 番の共同創設者兼代表、クリス・ウエルガスだ。スクリーン上において社会不適応者や荒くれ者的な役を好演していたスティーブ・マックイーンは、実生活でも反骨精神を隠さない頑固者。そのアウトサイダー的なキャラクターが、R Gruppe のアイコンとして継承されている。

ウエルガスの楽観的かつ個人主義的な性格は昔からで、黙示録によって世界の終末が予言されていた 1999 年に 1969 年型のポルシェ 911S を手に入れると、クラシカルな要素を残しつつ、ラフなローダウン・スタイルでカスタマイズし、1950 年代の “ホットロッド” カルチャーをポルシェ・ワールドに採り入れた。

ハンター・シムズ

ハンター・シムズ

R Gruppe の一部とも言える1968 年型 911 を乗り回すのは、2 年前から「タートル」として親しまれるハンター・シムズ(会員番号 777 番)だ
クリス・ウエルガス

クリス・ウエルガス

会員番号 2 番。7 人の創設者のうちのひとりだ
「R Gruppe の会員になるには、原則として、アウトサイダーでなければいけません」 クリス・ウエルガス

そこには打つべき熱い鉄があり、打たれた鉄はカリフォルニア州の北部から南部へと伝播していった。南部に同志がいると知ったウエルガスは、ポルシェのデザイナーだったフリーマン・トーマス(会員番号 3 番)にコンタクトを取り、彼と何度も電話でやり取りしている間に賛同者が増えた。その中のひとり、トーマスの親友でレーシング・ドライバーでもあるジェフ・ズワート(会員番号 11 番)は、ラリーはもちろん、サーキットでのレース経験もある実力の持ち主で、特に山岳道路を得意にしていた。かの有名なコロラド州のパイクスピークで行われるヒルクライムレースでは、距離約 20km に連なる 156 ものコーナーを経て、頂上までの標高差およそ 1500 メートルをわずか 10 分足らずで駆け上がり、何度もクラス優勝を飾っている。

かくして同好の志が自然発生的に集まり、R Gruppe は誕生した。“Gruppe” とは英語の “Group” に当たる単語で、1967 年型ポルシェ 911R へのオマージュとしてあえてドイツ語読みが選ばれた。R Gruppe にとって906 カレラ 6 のエンジンを搭載したポルシェこそがスポーツカーであり、特に 1973 年製までのナロー 911 はグループにとっての象徴だ。

2000 年の中頃、最初の “顔” 合わせがサンフランシスコとロサンゼルスの中間地点に位置するカリフォルニア州カンブリアにある小さなホテルで行われた。会の発起人たちは多くてもせいぜい 30 台ほどではないかと予測していたところ、実際に集まったポルシェはなんと 100 台余り。その数は現在もほぼ変わらない。メンバーは映画『ブリット』でマックイーンが着ていたハイネックセーターやツイードのジャケットをさりげなく着こなす “アーバン・アウトロー” でいなければいけない。お洒落である必要はないが、クールであること。それがもうひとつの掟だ。「R Gruppe は単なるクラブではなく、コミュニティです」とウエルガスが言うように、厳密に制限されている訳ではないが、円滑に運営するために会員数は 300 名程度を上限としている。会員にはアクティブな活動が求められ、それが無理ならば辞めてもらう。空きが出た分だけ、新たな会員を加えていくという仕組みだ。

設立当初、このコミュニティはすぐに飽きられるだろうと誰もが考えていたが、自動車趣味の世界に新風を呼ぶサブカルチャーの筆頭として人気を博し、瞬く間に成長していった。ウエルガスたちがもう少し柔軟な対応をしていれば、会員数は今の 10 倍程度には増えていただろう。しかし、彼らはあくまで “レーシング・ドライバーを志向するドライバーたち” というスタイルにこだわり続けた。コミュニティの在り方に我慢できない者や、ルールに馴染めない者、そしてカスタムカーをただのレプリカだと考える者も少なからずいたが、ウエルガスは「そんなことは全く気になりませんね」と一蹴する。R Gruppe のモットーである『スポーツカーは元来、スポーティーなドライブのために作られていることを忘れてはいけない』という言葉をウエルガスが口にすると、なにか神聖なものに感じられるから不思議である。

第二幕
不真面目のすゝめ

本物のパンクは、パンクを話題にしない。だが自虐ネタは大歓迎さ

R Gruppe のクラブハウスはサブカルチャー的な薄暗いアジトというよりは、むしろオープンハウスのようにカジュアルな雰囲気だ。そこに貼られた “EASY” の文字は “European Auto Salvage Yard”(欧州車両スクラップ回収所)の略称だというから面白い。サンフランシコ湾に臨み、オークランドとバークレーの間に位置するカリフォルニア州の小さな街エメリービルにある EASY の近隣には、アニメーション映画『ニモ』や『トイ・ストーリー』を製作したピクサー・アニメーションのスタジオがある。現実から夢の世界へと誘う映画制作会社とは反対に、EASY は夢から現実へと回帰する場所であり、カリフォルニアの日差しを満喫できなかったポルシェのスポーツカーを専門に扱うリサイクル工場の跡地だ。元の工場自体は 2017 年に営業を停止したが、その施設は今でも R Gruppe にとって聖地であり、R Gruppe のメンバーが 20 年前から今日に至るまで毎月第 1 土曜日の朝、定期的に集まる “約束の地” でもある。

撮影を予定していた日はカリフォルニアにしては珍しく、朝から雨が降っていた。そのせいかメンバーの集まりは悪く、普段の半分ほどだというが、こんな日に  “まともな奴ら” はやって来ないから好都合だとウエルガスはほくそ笑む。彼がいう “まともな奴ら” とは、綿棒で愛車の掃除をするようなコレクターたちのこと。だが R Gruppe は違う。悪天候でも関係ない。メンバーたちが小雨のようにポツポツと中庭に出てきた。遠くから雷鳴が鳴り響いたかと思えば、すぐそばで空冷フラットシックスのエンジン音が轟き、ヘッドライトを揺らしながら目の前を勢いよく通り過ぎていく。すぐ後に何台ものポルシェが列を成し、横から打ち付ける雨のせいで隊列の中の様子は全く見えない。

彼らはひとしきり走った後、運転席から降りるとすぐに友人のもとへ駆け寄り、お互いに軽口をたたいてふざけ合う。リック・スピナリ(会員番号 720 番)もそのひとりだ。彼が短足なのは周知の事実だが、二度溶接して高さを上げたクラッチペダルはもはや自虐ネタとなっている。スピナリの 1969 年型ポルシェ 912 は、美しさを競うコンテストで優勝することはないだろうが、ドラッグレースで負けたことは一度もない。そこは誰も馬鹿にしない、尊敬されている点だ。

EASY

EASY

“European Auto Salvage Yard”(欧州車両スクラップ回収所)の略称。ポルシェを専門に扱うかつてのリサイクル工場が R Gruppe のミーティングポイントだ
リック・スピナリ

リック・スピナリ

会員番号 720 番。特徴は短足の容姿とポルシェ 912

ジェフ・サッカロ(会員番号 750 番)の愛車である 1960 年型 356 も鉄板の自虐ネタだ。彼は自らの愛車を愛してやまないからこそ “イボイノシシ” と名付け、その醜さを認めている。雨の日に汚れるのが嫌だからと言ってドライブしないメンバーがいれば、彼は皮肉交じりにこう言うだろう。「お前たちのクルマのどこが壊れているって言うんだい?(俺の愛するイボイノシシを見てみろよ)」と。

雨脚が激しくなっていく中、スティーブ・ハッチ(会員番号 746 番)が、ようやく到着したらしい。冗談を言い合っている他の面子が驚いた表情でおどけながら拍手で迎える。まさかこの天気の中、彼がガレージから愛車を出すとは誰も予想していなかったのだ。ハッチの 1970 年型 911 は絵画のような美しさで、そのオレンジ色に輝く肢体はぺブルビーチ・コンクール・デレガンスに出てきても不思議ではないレベルのフィニッシュだ。ハッチは今回、参加するかどうか相当悩んだらしいのだが、それは悪天候を気にしたわけではなく、ワイパーがきちんと作動するか自信がなかったからだ。前の所有者はその 911 でドライブなどしたことがなく、ただただ丁寧に磨いていたのだろう。ハッチに譲り渡す際に、雨天走行後は必ず “水道水” で洗車するよう頼んできたくらいなのだ。「前の所有者がこんな雨の中で 911 を走らせていると知ったら、卒倒するんじゃないかな」と笑うハッチ。その側でワイパーがゆっくりと作動し、子猫の鳴き声のような可愛らしい音を立てる。

どんな天候でもドライブに出るのが R Gruppe だ

どんな天候でもドライブに出るのが R Gruppe だ

第 3 幕 
公道の走行ルール

さあ、コーヒータイムとウォーミングアップは終了。いよいよドライブが始まる。18 台のポルシェ・クラシックカーが路面にできた水溜りを掻き分けてクレアモント・アヴェニューを駆け抜け、バークレーヒルズへ向かう。コーナーの多い公道をアクスル全開で突き進むドライブほど楽しいものはない。

総勢 30 人のメンバーたちが向かったのは小さなレストラン。ここでの昼食がドライブの目的だ。だいたいにおいて大雑把な彼らは事前に席を予約するなんて几帳面なことはしない。店に入るや否や、せーのとテーブルをくっつけ椅子を集める。「いつもこんな感じでドタバタしているのが RGruppe なのですよ。いつか誰かに思い出してもらえるよう、ささやかな爪痕を残したいんでしょうね」と、サッカロが笑みを浮かべながら言う。

エピローグ

「私たちの行動はメンバーでない人たちには理解できないでしょう。自分たちで決めたルールしか知らないのが、この R Gruppe。でも、もし貴方がポルシェのドライバーであるなら、私たちの行動が理解できるはずです。300 人、3000 人、300 万人……人数なんてどうでもいい話です。私たちは基本的に皆、同士なのですから」。

Will Starck
Will Starck